「東京2020オリンピック SIDE:A」記者会見

2022.06.05
  • イベント
「東京2020オリンピック SIDE:A」記者会見

記者会見

昨年、コロナ禍による一年の開催延期を経て7月23日より17日間にわたって東京で開催された「東京2020オリンピック」の公式記録映画として河瀨直美監督の手で二つの作品として製作された「東京2020オリンピック SIDE:A」と「東京2020オリンピック SIDE:B」。6月3日にアスリートを中心としてオリンピック関係者たちの姿を描いた「SIDE:A」が公開を迎え、6月6日に東京・有楽町の東宝本社にて、記者会見が開催され、河瀨直美総監督、映画にも登場する男子柔道73キロ級金メダリストの大野将平さんが出席しました。先日、本作の上映が行われたカンヌ国際映画祭で感じた手応えや、公開を迎えての思いなどを語ったこちらの会見の模様をレポートいたします。

河瀨直美総監督

リオデジャネイロオリンピック、東京オリンピック柔道73キロ級金メダリスト

大野将平さん

リオデジャネイロオリンピック、東京オリンピック柔道73キロ級金メダリスト

河瀨監督

おかげさまで6月3日に初日を迎えることができました。この作品をこの時代に誕生させることができて嬉しいです。スイスのローザンヌにあるオリンピックの財団に残り続ける作品になれたんだと嬉しく思っています。ありがとうございました。

大野さん

柔道73キロ級の大野将平です。今日はよろしくお願いします。

MC

先月、カンヌ国際映画祭のクラシック部門で上映が行われましたが、現地の反応はいかがでしたか?

河瀨監督

カンヌには五年ぶりに行くことができました。映画というものを中心に世界中の人たちが集い、そこに新たなアイディアや出会いが生まれているのを見て、その中に私たちの映画も加えていただいたということは、誇りに思うべきことだと思いました。たくさんの人たちが「待っていた」と言ってくださり、感無量というか、最高のお披露目ができたんじゃないかと思います。

MC

実際に作品を鑑賞された方からの反響はいかがでしたか?

河瀨監督

「『オリンピック映画を河瀨がどういう風に作るのか?』というところで興味津々だったけれど、単なるスポーツ映画ではなく、人間というものを描いた映画になっている」という評価をいただきました。嬉しかったです。

■五輪開催期間中、授乳中の娘を連れて来日した女子バスケットボール カナダ代表のキム・ゴーシェ選手(※カンヌ国際映画祭のレッドカーペットに河瀨監督と共に参加)とその夫から、河瀨監督への感謝のメッセージが到着。

【手紙全文】

こんにちは、直美さん。
先週、カンヌで行われた映画のプレミアは、どうやって表現すれば良いのか分からないくらい、心からの感謝でいっぱいです。本当に一生に一度の経験ができたと思います。
正直なところ、あなたがどうやってこの膨大な記録を映画に仕上げたのか、想像もつきません。私たちは、あなたが成し遂げたこと全てに畏敬の念を抱いています。ですが、私たちが一番感謝したいのは、この映画に私たちの物語を加えてくれたことです。
一年前の今頃、私たちは「キムのオリンピックの夢をどう実現できるのか?」という大きな困難にぶち当たっていました。私たちは二人とも、生涯をかけた自分たちの夢を追いかけることと、子育てのバランスをとることに奮闘していました。
その上、世界的なパンデミックが起こり、それが目に見えない危険がある中で、「ソフィーと一緒に旅をする価値はあるのだろうか?」と考えました。大きな転機となったのは、キムのオリンピックの夢を全面的に支援しようと決めたことです。もし(ソフィーが)自分たちだったら、大人になった時にお母さんから「まだ赤ちゃんの時、世界はパンデミックだったんだけれど、家族で一緒にオリンピックのために東京に行ったんだよ」という話を聞いたら、どんなに素敵なことだろうと思いました。だから(一緒に東京に)行こうと決めました。
そして今、直美さんのおかげで、私たちがオリンピックに参加したことを証明できるのです。この映画があるからです。いつの日かソフィーにレッドカーペットの写真を見せたら、どんな反応を示すのか、今から楽しみでなりません。私たちの人生の素晴らしい瞬間が記録され、今後、何が起ころうともソフィーとこれを共有することができるのです。
本当にありがとうございます。私たちは永遠に感謝し続けます。
キム・ゴーシェ、ベン・ゴーシェ

MC

河瀨監督、ゴーシェ夫妻からのメッセージはいかがですか?

河瀨監督

大変嬉しいです。キムが思い悩んだ昨年、本当にオリンピックがあるのかどうかも分からず、パンデミックの最中に東京に来て、まだおっぱいを飲んでいる赤ちゃんを一緒に連れてくるリスクを考えた時、「すごい決断をしたんだ」と思うんです。この地球上にいる様々な人たちにも、そういう決断をする瞬間があったと思います。でもそれは記録としては残らないし、自分自身の心の中に秘めていたり、我が子や誰かに伝えるかもしれない。でも、もしかしたら私たちの作品がその姿を捉え、その次の世代の子どもたちが親世代のやったことを誇りに思う――そのことによって拓けてきた道があるんだと感じた時、そのつながりはすごく強い絆となってこの世に生まれると思うんです。
一人一人がどんな力を持っているか分からないですが、そういうささやかな、もしくは強固な意思みたいなものが、一歩進める意思になれば、世界を良い方向に変えていけるのかなと思います。だから、彼らを取材させてもらって、奇跡的な一瞬を映画に刻むことができて良かったと思います。

MC

大野さんは映画をご覧になっていかがでした?

大野さん

スクリーンに映っているのは、間違いなく自分自身のはずなんですが、まるで自分じゃないかのような、そんな気持ちで見ていました。奈良というつながりもあって、河瀨監督とは東京オリンピックまでの時間を過ごしました。私自身が東京オリンピックで表現したかった、スポーツ選手、アスリートということよりも柔道家、もっと言えば人として表現できる何かを河瀨監督にこの作品で表現していただいたと思っています。個人的に柔道の場面が多かったので誇らしく感じることができました。

河瀨監督

自宅から20分の距離で天理大学に行けるので、お邪魔にならないように、集中されている最中を遠くから見守っていたり、道場にも行って、見守らせていただきました。話しかけることはできないくらいの気迫で鍛錬されている姿とか、思い返せばこの数年、並々ならぬ努力をされてきた大野さんの姿は、自分の記憶の中に焼きついてます。映画の中でもその姿が永遠に生き続けると思うと、この次の柔道家を目指すちびっ子たちにも大野さんの姿は、日本人として誇りに思うと思います。作品の中でも、柔道の発祥は日本だけれども、今は海外の選手のほうがリスペクトする選手がいるんだと言っています。世界のJUDOになっていく姿、歴史の1ページを今回、東京2020で大野さんの姿を通して表現できたのが良かったと思います。
山下(泰裕)さんも、JOCの会長として最初に言うんですが、「勝つだけじゃない」という人生の金メダリストとしてどうあるか――山下さんもそういう人生を歩んでこられて、そういう遺志を継いでおられるんだなと思いました。

MC

大野さんは、「人生の金メダリスト」という言葉にどのような思いを?

大野さん

やはり勝つだけではつまらないと思います。「柔道を通して人間育成をする」というのが嘉納治五郎先生(講道館柔道の創始者)が作った柔道の究極の目的です。私自身はオリンピックで金メダルを獲得することができましたが、今柔道を志しているちびっ子たちは、全員が全員、金メダルを獲得できるわけじゃないと思います。でも、柔道を通して勝った・負けた、喜びや悔しさを感じることで、「人として成長してほしい」というのが私自身の一番の思いです。そういう子どもたちが一人でも増えてくれることを日本だけではなく世界で望んでいます。

MC

映画の中で、(オリンピック3連覇の)野村忠宏さんが、大野さんが金メダルをとった後、「実はとても怖かった」と言ってたということをおっしゃっていました。

大野さん

自分自身、ひさしぶりに決勝戦のシーンをスクリーンで見て、変な汗をかきました(苦笑)。今思い出しても怖かったなと感じます。今後、自分が現役を続けていく上で、今も浮き沈みを感じていたり戦いの場に戻ることの怖さを日々感じています。そういうものを乗り越える勇気をもらった映画でもあったので、「怖さ」というものと柔道人生を続けていくにあたって、引き続き向き合っていきたいという思いを持つことができました。

■質疑応答

記者質問

カンヌ国際映画祭での高い評価の一方で、本作に対して様々な声があったのも事実です。大きな分断が存在する中で作られた映画ですが、公開を迎えて、興行や賛否の声などをご自身でどう受け止めていらっしゃいますか?

河瀨監督

私自身、自分のSNSなどを通して投稿をしています。いろんな投稿を隅々まで見ているわけではないので、皆さん――いわば知らない人からのネットを通した評価はほとんど見ていません。見られる時間がないというのもあります。「SIDE:A」公開の直前まで「SIDE:B」を作っていましたし、ほとんど寝ずに、ずっと作業場で時間を過ごしておりました。やっと公開初日に「SIDE:B」の初号試写を、まだ字幕が入っていない段階でやっていました。
そのまま別のプロジェクトのことで奈良に戻り、そして今日、先ほどここに到着した状態なので、自分の近くの人や「観たよ」というメッセージをくれた人からの感想とかを聞いているだけなんですが、実はすごく可能性を感じています。なぜなら20代、30代、40代、50代、60代、70代まで老若男女を問わず、それぞれの人たちが口にすることが同じなんです。「自分ももっと頑張らなあかんな」と言っていました。
恐らく大野さんだけでなく、この作品に登場した様々なアスリートは、決して金メダルを獲った選手ばかりではなく、むしろ途中棄権をしたマラソンの選手や、難民選手だったり、「ブラックライブズマター」に代表される黒人の地位を向上させるアクティビズムの一環として、ハンマー投げでやって来た選手などもいました。そういった選手の姿を見るにつけ「カッコ良い」「頑張らなきゃ!」と言っていました。先ほど私や大野さんが言ったように「人生の金メダリストに僕たち・私たちもなれるんだね」と、「70代になったとしてもまだまだ頑張らなあかんねんな」という言葉や、この作品の中に登場している人たちそれぞれの様々な光輝くかけらみたいなものを、最後に(藤井)風くんの曲が抱きしめるんですね。歌詞をよく聴いてもらえると分かるんですが、「どちらが勝ってどちらが負けるのか?どちらでもないんだ」という――それぞれのことをひっくるめて、前に進めてくれるような楽曲を提供してくれました。そこに私はすごく可能性を感じています。公開されてからの3日間だけのことではなく、これがきっと時間をかけて、長い時間、その先の人たちにも届いていく作品になったんだという気持ちです。

記者質問

IOCの公式記録映画ということで、制約や難しさがあったとしたらどういうことがあったのか教えてください。監督が表現をしたくてもできなかったことはあったのでしょうか? ここで描かれているものは、河瀨監督が見たものと捉えてよろしいでしょうか?

河瀨監督

はい。私は映画監督・河瀨直美として映画「東京2020オリンピック」を完成させました。それは「SIDE:A」も「SIDE:B」もそうです。誰かに何かを言われて変更した部分はないです。まあ、言われた部分はありますが、それはあんまり私の注力していないところです。
正直に言うとスポンサーシップとかの関係で、別の競合のロゴが入っているので消してくださいとかその程度のことでした。
カンヌでもIOCの皆さんに来ていただき、スクリーンで観ていただきました。「自分たちはスポーツのドキュメンタリーを依頼したつもりが、人間ドラマの映画になっていて感慨深い」と評価してくださいました。1968年の冬季オリンピックのクロード・ルルーシュさんの作品(「白い恋人たち」)以来のカンヌへの出品ということで皆さんに非常に喜んでいただいています。

MC

最後に河瀨監督からメッセージをお願いします。

河瀨監督

大野さんにも何か言ってほしいです。今日は天理での練習を終えて、明日からの合宿のために東京に来て、そんな時にここに寄ってくださって...。最初にお会いした時はメチャクチャ怖かったんです(笑)。「柔道家・大野将平」ですよ? 怖いですよ、気迫が...(笑)。

MC

映画でも「世界中が俺を狙ってくる」と。

河瀨監督

「首を取りに来る」と言っていました。本当に気迫がすごく出ているんですよ(笑)。オリンピックではいっぱい選手を撮っていましたが、試合が始まる前の気迫を見たら「この人、勝つな」と分かるくらい――やはり、相手チームの選手もすごい気迫でやって来るので、大野さんもすごい気迫でした。その気迫が出る人で、最初はすごく怖かったんです。でも、だんだん「すごく人間的な人だったんだ」と分かってきました。天理大近くにある"名物"白川ダムの階段のダッシュを10本連続でいくんですよ。その肉体の鍛錬がすごいです! 私も二回だけ走りましたが、全然追いつけなかったです(笑)。

MC

大野さん、本日は優しい感じのオーラですね?

大野さん

柔道家のオーラを消そうと(笑)。さすがにこういう場なので、"柔道家"の自分が来るのもどうかと思いながら来ました。なので、質問がなくて良かったです(笑)。

MC

大野さんからも一言お願いします。

大野さん

山下会長をはじめ、自分自身に突き刺さる言葉も多々ありました。それぞれの金メダルというものが間違いなくあると思います。観ている方自身の金メダルを目指して、人生を戦っていく活力になる作品だと思いますので、ぜひご覧になってほしいです。

河瀨監督

とにかく今回、作品の構成もそうですし、750日、5000時間の素材と向き合う時間で、本当に大きな波や、越えなければいけない壁にぶつかりました。でも、そこで「絶対にあきらめない」と思った一番の理由は、映画に登場してくれた...いや、登場しなかったアスリートも含めたスポーツの力でした。
スポーツの力というのは、アスリートの皆さんが日々鍛錬しながら、私たちに手放しで勇気や希望、熱いものを与えてくれるものです。東京2020のオリンピックのアスリートたちの競演を多くの子どもたちに生で見せたかったですね。でも、コロナ禍があって見せられなかった。だからその姿をできれば映画で、劇場で観てほしいです。今観られなくても、いつか必ず観てほしいです。
ここには時代の記憶が刻まれています。私たちが何を選んで、どのように東京2020を開催し、閉幕まで導いたのか――。それは「SIDE:A」のアスリートだけではなく、それを支えた大会関係者、ボランティア、医療関係者、日本人が世界に誇れる姿、それは反対派の人たちも含めてです。本当に私たちはこの時代を精いっぱい生きたという――今、苦しい時代かもしれないけれど「頑張りたい」と思っていただきたいです。今日は本当にありがとうございました。