「東宝の90年 モダンと革新の映画史(1)」スペシャルトークショー

2022.07.09
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「東宝の90年 モダンと革新の映画史(1)」スペシャルトークショー

スペシャルトークショー

7月9日、特集上映「東宝の90年 モダンと革新の映画史(1)」スペシャルトークショーが、国立映画アーカイブの長瀬記念ホール OZUにて開催されました。特集上映プログラムの映画「その場所に女ありて」(1962年公開)の主演・司葉子さん、また観客の皆さんにはサプライズで「君の名は。」(2016年公開)でヒロインのCVを担当した上白石萌音さんが出席しました。
この特集上映Part 1では、「弱虫珍選組」(1935年公開)から「君の名は。」まで、さまざまなジャンル・監督・スターの東宝作品計34本(31プログラム)を上映します。なお、Part 2は今秋開催予定です。

MC

本日は、お忙しい中、そして大変暑い中、お越しいただき大変ありがとうございます。本日の進行と聞き手を務めさせていただく、映画評論家の樋口尚文と申します。
私は、東宝という会社と東宝撮影所の沿革にまつわる本を書いております。創立当時から、東宝はこの特集のタイトル通りのモダンと革新の気風がみなぎる映画会社で、作品もそのカラーを映し出す鮮やかな作品が多いと思います。6月24日からスタートしている今回の特集ですが、創立90周年を迎えた東宝が映画史に残る作品群を、改めて皆さんにスクリーンで体感していただきたいということで企画されました。映画界の偉大な先人たちが残した名作群から、さまざまな楽しみ、学びを得ていただくこと、こうした映画文化が継承された先にある、未来のエンタテインメント像に想いをはせていただくことが、この度の特集上映に込めた願いです。今は、社会のさまざまなシーンで、SDGs(SDGs:Sustainable Development Goals)平たく言えば「持続可能な開発目標」について、検討がなされていますが、東宝株式会社も本年4月より「豊かな映画・演劇文化を創造し、次世代への継承に努めます」という取り組みをサステナビリティの基本方針として発表しました。今回の特集は、まさにそのSDGs の方針に大いにシンクロするものでございます。
本日は、大変素晴らしいゲストをお招きしております。司葉子さんと、サプライズでもうお一方、上白石萌音さんをお招きしております。大きな拍手でお迎えください。

「その場所に女ありて」主演・矢田律子役

司 葉子さん

「その場所に女ありて」主演・矢田律子役

「君の名は。」ヒロイン・宮水 三葉役

上白石 萌音さん

「君の名は。」ヒロイン・宮水 三葉役

司さん

今日はようこそお越しくださいました。
今日は、私の映画を上映してくださるということで、大変光栄に思っております。また、こんなに可愛い......(上白石さんに対して)お名前なんでしたっけ?

上白石さん

上白石萌音と申します。

司さん

(客席に)難しいでしょう? 五回ぐらい(お名前を)聞いているんですよ。
私も芸名を付ける時に「『司』って覚えてもらえるかしら?」と思いましたが、あなたのはもっと......難しいわね。本名ですか?

上白石さん

本名です。覚えていただけるように努力しています。

上白石さん

本日はお邪魔いたします。(一音ずつゆっくりと)上白石と申します。
本当に貴重な場にご一緒できて、大変光栄に思っております。短い時間ではありますが、たくさん勉強させていただきます。

MC

立ち話もなんですから、どうぞおかけください。まずは、司さん主演の映画「その場所に女ありて」は私の大好きな作品で、六回ぐらい観ております。

司さん

(嬉しそうに)あら、ありがとうございます。

MC

60年前の作品になりますが、当時としてはなじみがないであろう、銀座の広告代理店の自立したヒロインを描いた物語です。司さん、当時この役を演じられて、いかがでしたか。

司さん

当時は、すごく大人の女性だと思いました。それまでは、原節子さんや小津(安二郎)先生、そういう方たちの映画に出ていたので、この作品が私にとっては、初めての大人の写真(活動写真=映画)でした。ちょうど電通と博報堂が、世の中に出た時で、それをモデルにつくられました。女性のやり手を私が演じて、私のライバルを演じたのが宝田(明)さんです。いきなり大人の世界に入りました。例えば、タバコを吸ったり、お酒を飲んだり...そういうのは初めてでした。

MC

当時の司さんは、お酒やタバコは?

司さん

普段はタバコを吸わないので、練習をしました。映っているのを観たらすごく上手でしたね(笑)。煙がボワーっとして、良い感じでした。

MC

クールなデキる女でしたね。上白石萌音さんはご覧になられて、どのように思われましたか。

上白石さん

今観ても新しいところがありますよね。司さんはお酒を飲まれていても、タバコを吸われていても、麻雀をされていても、何をされていても品があふれていて、惚れ惚れしました。私もカッコ良くタバコが吸える女優になりたいと思いました。必要があれば、練習しようと思います。

MC

この作品は、東宝に入られてしばらく経ってからの作品です。日本映画の黄金期でしたよね。

司さん

私は、それまでは大阪の毎日放送で秘書をしており、まったくの素人でした。真綿にくるまれるような感じで撮影に臨みました。私としては、「その場所に女ありて」で映画賞をいただきたかったです。(MCの樋口さんに)その頃は(選考委員に)いらっしゃらなかったですか?

MC

(笑)。その頃に生まれました。
これで、大人の女を演じることを皆伝したわけですし、時を同じくして松竹作品ですが、小津安二郎先生の「秋日和」(1960年公開)にご出演され、今度は小津さんが東宝で「小早川家の秋」(1961年公開)をお撮りになられましたね。

司さん

「小早川家の秋」の撮影が終わってから「その場所に女ありて」の撮影でした。それまでは少女っぽい役柄を演じておりましたが、それ以降、大人の作品を撮られる稲垣(浩)監督の作品についたんです。

MC

東宝といえば、成瀬 (巳喜男)監督がいらっしゃいます。演出のことをお聞きするには、お時間が足りないのですが、成瀬監督の演出を一言で表すとすればなんでしょうか。

司さん

演出というよりは、成瀬監督にまつわるエピソードがあります。当時の日本の映画は、小津先生、成瀬先生、それから......ちょっと思い出せませんが、「この監督の作品に出られたら女優として一人前」と認めてもらえました。ですから、そんな監督の作品への出演に私も憧れていました。
女優さんは、たくさんいらっしゃいますが、当時は「(女優として)成瀬監督の映画に出演できたら最高!」と思われていたわけです。それで、ある女優さんが「先生、自分を映画に出してください」と嘆願したんです。そうしたら、「そうね、あと十年ぐらい経ったらやろうね」と先生がお返事なさったんです。だからね、みんなその話を聞いて、ゾッと震えましたね。
でも、私は大変幸運なことに「乱れ雲」(1967年公開)「ひき逃げ」(1966年公開)で相手役の高峰秀子さん、加山雄三さん、というこれ以上は望めないような作品につけました。

MC

「乱れ雲」は、大変な傑作だと思います。成瀬さんは、事細かに演出はなさらないのですか。

司さん

そうですね。自然体というか、あまりこうしてああしてというのはないです。ただ、加山さんも成瀬先生は初めてだったと思いますし、二人で震えながら、なんとなく終わったという感じでした(笑)。

MC

結果、大変な名作でした。上白石さんもぜひ「乱れ雲」ご覧になってください。たぶん、すごくお好きだと思います。

上白石さん

はい。ぜひ!

MC

ここで、萌音さんに、「東宝シンデレラ」について伺います。
司さんには、釈迦に説法になりますが、昔の映画会社は、自社で新人俳優をスカウトして専属で育てていました。ところが、日本映画が不振になり、それができなくなりました。東宝では、三十年ぐらい前から「東宝シンデレラ」というオーディションを始め、まさに、次世代を継いでいく女優を育てております。
そこで「東宝シンデレラ」に選ばれて、どう変わったとか、どのような体験でしたか。

上白石さん

私は12歳の時に選ばれました。あの年齢で、「人生が変わってしまった!」というのを感じました。選んでいただいて、東宝に入ってからは、本当に根気強く、お芝居や歌といったお稽古をつけてくださって、現場に出る前にある程度まで育てていただきました。セカセカすることなく、じっくりコトコト煮込むような丁寧なもので、あの頃の学びは今でも思い出します。

MC

大女優の司さんから、後輩女優の上白石さんに対して、長いこと女優を続けるための秘訣を何かお教えいただけますか。

司さん

(謙遜されて)そんな!

上白石さん

(司さんに)お願いします。

司さん

私も、当時を思い出します。何しろ映画界のことを何も知らない子でしたからね。でも、作品を成功させるために、スタッフの方々が、待ち時間にいろいろと教えてくださいました。なかでも「葉子ちゃんね、撮影所にいる時はボロボロでも良いからね。でも、外に出て行く時は、いつも一張羅を着て行きなさいよ」と言われて、それは今でも心得ています。その頃の私は、真綿にくるまれるように大事にしてもらいましたからね。トイレに行って、ドアを開ける時、手を洗うために水道の蛇口をひねる時、そこまで監督がそばについてくれました。(会場:笑)

MC

そうなんですか!?

司さん

今日は、一張羅ではなく二張羅ぐらいですけれどね(笑)。

上白石さん

もう、すぐに(一張羅の)お洋服を買います! 今日買いに行きます!

司さん

ヒロインになると、ほかの作品のスタッフでも、撮影所全部を上げて皆さんが一生懸命に育てようとしてくれました。萌音さんは、これから皆さんが「育てよう!」と思う、女優さんですから、きっと大事にしてもらえると思いますよ。

上白石さん

そういう想いをすべて背負って、きれいなお召し物を着て外を歩くようにします。

司さん

そんなの大変だから背負わなくて良いのよ!「はい、そうします」で良いの(笑)。

上白石さん

(笑)はい。

MC

司さんのお話を伺うと、撮影所の女優さんの美徳を感じますね。もっとお時間があればお話を伺いたいのですが、上映の時間が迫っております。本日は、大変貴重なお話をありがとうございました。